事件・事故

大久保清連続殺人事件(大久保清事件)

赤いベレー帽をかぶり、絵のモデルにならないかと誘う連続強姦殺人魔

わずか41日間で8人もの女性を殺害した凶悪事件である。

1971年3月から5月にかけて、大久保清(当時36歳)は群馬県下で何人もの若い女性に「絵のモデルになってくれませんか」などと誘い、そのうち関係を拒絶したり、嘘を見ぬいた女性8人を次々と殺害した。

事件の経緯

1971年5月9日、日曜日の夕方、群馬県藤岡市のOL・G子さん(21歳)は、「教員だという男の人に、絵のモデルになってくれと頼まれたの。ちょっと行ってくる」と言い残して家を出たきり自宅にもどらなかった。

彼女はそれまで無断外泊をしたことはなく、日付が変わっても戻らないのを心配した家族は警察に届け、徹夜で捜索を始めた。

10日早朝、近くの信用金庫前で、G子さんの兄が妹の自転車を発見。そばには中年の男がいて、軍手をはめた手で拭うようにしているので、兄が声をかけると、男はそばに停めてあった車で逃走した。

兄は車種とナンバーを覚えており、ここで県内に住む大久保清(当時36歳)という男の名が浮上した。

彼は強姦致傷、恐喝など前科4犯を重ね、この年の3月(事件の2か月前)に府中刑務所を仮出所したばかりだった。

1971年5月13日午後6時ごろ、大久保は前橋市の路上で、家族の私設捜索隊によって取り押さえられ、その後すぐに、G子さんの誘拐容疑で警察に身柄を拘束された。

逮捕されてしばらく、大久保は「絵のモデルになってくれと言って誘い出したことは事実だが、モーテルに連れ込もうとしたら怒って逃げられた。その後のことは知らない」などと、G子さんの行方については何も話さなかった。

5月21日、榛名湖畔で若い女性の遺体が発見された。警察が最近2ヶ月のあいだに捜索願が出された女性のなかから、大久保が狙いそうな女性をピックアップした中の1人、行方不明となっていた女子高生・A子さん(17歳)のものだった。

5月26日、大久保は警察による厳しい取調べを受け、G子さんの殺害死体遺棄を全面自供した。また、翌日には供述のとおり、妙義山北面の桑畑に埋められた女性の遺体が発見された。取り調べでは、他の家出人女性についても聞きだそうとした。

このあと大久保はすんなり自供を始めた。以後、被害者の遺体は次々と掘り出された。しかし、遺体の捜索は自供のままだとしても、自動車を使った広範囲の事件であるから、発見には時間を要した。ちなみに群馬県警は、この翌年も「連合赤軍事件(連合赤軍リンチ事件)」の発覚により、山中の死体を掘り出すことになった。こうしたことから「死体発掘が上手な県警」という評判をたてられることもあった。

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なお、最終的に明らかとなった被害者は16~21までの若い女性8名にものぼった。犯行手口は共通して「ナンパして関係を迫り、抵抗されたりすると殺害する」というものであった。

犯行の年月日・場所・被害者(時系列)の一覧

1971年3月31日 榛名湖畔 女子高校生・A子さん(17歳)
1971年4月 6日 高崎市  ウエイトレス・B子さん(17歳)
1971年4月17日 高崎市  県庁臨時職員C子さん(19歳)
1971年4月18日 榛名町  女子高校生・D子さん(17歳)
1971年4月27日 高崎市  女子高校生・E子さん(16歳)
1971年5月 3日 高崎市  会社員・F子さん(18歳)
1971年5月 9日 松井田町 会社員・G子さん(21歳)
1971年5月 9日 下井田町 家事手伝い・H子さん(21歳)

犯人・大久保清の生い立ち

「ボクちゃん」の前科

大久保清は1935年1月、群馬県高崎市で生まれた。父親は国鉄の機関士、母親はロシア人とのハーフだった。兄弟は姉妹5人と兄が1人いる。

大久保は「ボクちゃん」と呼ばれ、兄妹のあいだでは特にかわいがられていたという。大抵のわがままやいたずらは許され、に母親は大久保が36歳だった事件当時まで「ボクちゃん」と呼んでいた。

小学6年の時、幼女に性的いたずら。被害者の親が抗議に来た時も、母親は「ボクちゃんがそんなことをするはずがない」と信じようとはしなかった。

地元の中学から定時制高校に進むが半年で退学し、横浜市の電器店で住みこみで働き始めた。

しかし、すぐに実家にもどり、ラジオ修理販売店を開業するが、19歳の頃、窃盗事件を起こし閉鎖。

その後。1955年7月に伊勢崎市で大学生になりすまし、女子高生(当時17歳)に強姦。懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の判決を受ける。しかし、その半年後にも再び強姦未遂事件を起し、今度は懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けた。

結婚、そして、犯行へ

1962年に、ナンパで知り合った女性と結婚。自宅で牛乳販売店を開業して、一男一女をもうけた。

1965年6月、自分が配達した牛乳の空きビンを盗もうとした少年を捕まえ、その兄を恐喝したために訴えられ、公判で強姦の前科が明らかになった。この事件後、店の売上げは大きく落ち込み、強姦を繰り返すようになった。

1966年12月、ナンパした高崎市の女子高生を強姦、さらに翌年2月に顔見知りの短大生を強姦して逮捕された。懲役4年6ヶ月の判決。

71年3月2日、府中刑務所を仮出所した大久保は、室内装飾品販売業を営むという計画書をだして、父親にマツダ・ロータリークーペを買ってもらって毎日外出していたが、商売をする気はほとんどなかったのではなく、後述の「魅力的な自分」を演出するためのものであったと考えられている。

これ以後、ナンパに明け暮れたといっても過言ではなく、ベレー帽にルパシカ(ロシア風の上着)という芸術家風のいでたちで、脇には小説を抱え、大久保の考える「魅力的な自分」を演出するようになった。

大久保は主に県内の主要な駅のターミナルに出没、「美大を出た絵描き」「太田市の中学校の教員」と名乗って、女性に声をかけた。

大久保清の犯行手口

以下は、大久保の供述に従い、時系列に沿って表記する。

第1の犯行(女子高校生・A子さん17歳)

高校生A子さんとは2度会った。2度目に会った時、「榛名湖畔にアトリエを持っている」と嘘を言うと、「連れて行ってくれ」といったのでドライブに出た。大久保は直前で適当な口実を言って引き返せばいいと考えたが、A子さんはどうしてもアトリエに行ってくれと言った。

湖畔の林道に入って関係を持ったが、A子さんは「免許証を見せてくれ」と迫った。大久保がそれを見せると、年齢や名前が嘘であることがわかり、アトリエもないことがわかったので、A子さんは「私の兄は検察官だ。一緒に行こう」と言い出した。

大久保は前科があることや、保釈中の身であるため、警察沙汰はまずいと思い、A子を殺害しようとした。A子さんは「兄が検察官と言ったのは嘘です。ごめんなさい」と謝ったが、若い娘が”検事”でなく”検察官”という言葉を使うわけがないと考えた大久保はそのまま首を絞めて殺害した。

第2の犯行(ウエイトレス・B子さん17歳)

ウエイトレスのB子さんとも2度会った。2度目に会った4月6日、B子さんの方から「午後6時に北高崎駅で待っている」と誘った。

その後、モーテルに行き2時間ほど過ごしたが、B子さんの態度が変わり、「私には警察官の旦那がいるんだよ。あんたを訪ねて行くからね」と言い出したので、大久保は殺害を決意し、犯行に及んだ。

第3の犯行(県庁臨時職員C子さん19歳)

県庁臨時職員のC子さんとは5度会っており、散文詩のことなどで話が合ったので親しくしていた。

大久保はC子さんには「美大卒の中学教員・渡辺成一」と名乗っていたが、5回目のドライブでC子さんは「大久保さん」と呼びかけた。C子さんは近所で大久保のことを調べており、彼の嘘を既に暴いていた。

「大久保さんのことを世間に知らせてやる。警察と県警記者クラブに知り合いがいるから電話してやる」と言われ、その言葉を聞いて大久保は殺害を決意・決行した。

第4の犯行(女子高校生・D子さん17歳)

高校生D子さんとも2度会っている。家族のことを聞いたら、「父は派出所に勤務している」と彼女は言った。大久保は警察に前科者にされてしまったという恨みがあり、これを聞いてムカムカしてきた。

D子さんはさらに「この前関係したことは、強姦として事件になるんだってね」と言ったので殺害することに決め、実行した。

第5の犯行(女子高校生・E子さん16歳)

女子高生Eさんとは3度会った。2度目に会った時、大久保は靴下を3足買ってやったが、3度目に会った時「1足が破れてしまった」と言った。大久保は「これで買いな」と千円札を渡したが、E子さんは「でも、悪いから」と遠慮した。

ある時、大久保が「デモなんかすると、おまわりさんに捕まるよ」と冗談を言ったところ、E子さんは「私のお父さんはデモを取り締まる人を指揮している」と話し、これによって父親が警察官だと知ったことで、殺害を決意・決行した。

第6の犯行(会社員・F子さん18歳)

会社員のF子さんは4月上旬に、桐生市の喫茶店で見かけて声をかけた。この時には中学校の数学教師と名乗っている。

2度目に会ったのが5月3日で、軽井沢方面にドライブ、途中モーテルで関係を持った。その際、F子さんは「××中学には渡辺という先生はいない。本当は大久保さんでしょ。遊び半分で交際してるんでなければ、帰りにあんたの家へ連れて行ってよ」と言った。

さらに車が大久保の自宅付近を通ると、「あんたの家、このへんでしょ」と言ったことから、どうやら自身の前科や出所したばかりだということを知っているようだと大久保は察した。

そして、F子さんが車内にあったB子さんの写真を見つけたことが決め手となって、殺害に至った。

第7の犯行(会社員・G子さん21歳)

G子さんとは「絵のモデルになってくれ」と声をかけて車に乗せ、伊勢崎に行って、喫茶店や西洋文学、登山などの話をした。会話は弾み、自分のことを好きになったと思った大久保は、店を出てドライブした。

途中、モーテルに入ろうとしたが、G子さんは「私、そんな女に見える」と断り、さらに後で林道で無理に関係を持とうとしたが、「私の父は刑事よ」と言ったので、強姦してから首を絞めて殺害した。

第8の犯行(家事手伝い・H子さん21歳)

H子さんとは3月下旬に知り合い、7度目のデートの時に殺害している。なお、大久保はH子さんに対しては、肩書は「中学校教師」であると偽ったものの、本名を名乗っている。

この日のドライブ中、H子さんは「最近刑務所から帰ってきたんだってね」と言い出した。妻子と別居していることも知っており、馬鹿にしたように笑った。このことで大久保は殺害を決意し、殺害に至った。

事件背景とその後

8人のうち、5人は身内に警察関係者がいるということを話したため殺害された。だが誰一人、家族に警察関係者のいる人はいなかった。このことを取り調べ官から聞かされた大久保は、「小娘の嘘を見破れなかった俺は馬鹿だった」と地団太を踏んで悔しがった。

大久保は5月10日にG子さんの兄に自転車の指紋を消しているところを見られてから、たびたび私設捜索隊に見つかり、その度に逃走していた。逃げ回り続けたのだが、それでも毎日誰かを誘ってはドライブしたり関係を持ったりしていたという。取り押さえられた時も、助手席に高校生くらいの少女を乗せていた。

「絵のモデルになりませんか」「お茶を飲みに行きませんか」大久保はこうして女性たちに声をかけていた。

殺害された8人だけではなく、何人もの若い女性が、服装や小物で騙していたとはいえ、声をかけた男について行ったのである。

当時は物質的に豊かになってきた頃で、男女関係に意識の変革がおこり、フリーセックスの風潮がマスコミを賑わせたりもした。もはやナンパしてきた男についていくということが、それほど軽はずみとも言えなくなってきた頃でもあった。

また、一方で、群馬県内では事件当時はまだ公立高校で男女別学が施行されており、こうしたことから「若い女性たちが男性に対する免疫を持ちえず、そのため被害者が続出した」と指摘するむきもあった。

小平義雄連続殺人事件」と比較されがちな大久保清事件だが、犯行手口も、社会状況も大きく異なっている。

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判決とその後

1973年2月22日、前橋地裁は大久保に死刑を言い渡した。大久保は控訴しなかったので、刑は確定した。控訴しなかった理由について、知人に「生きながらえたとしても、かえって被害者の遺族を苦しめることになり、自分も苦痛から逃れたい」と語ったという。

大久保は公判に於ける供述で、自身について次のように語った。

「兄は妻に離婚したほうがいいと告げ口したり、保護司に俺をもう1度刑務所に戻してくれるように頼みに行ったりした。兄は財産が欲しいので俺を邪魔にしていたのだが、血を分けた肉親にこんな仕打ちをされるなんてことがあるだろうか」
「警察や女にも恨みがあった。警察はいつも訴えた側の言い分ばかりを聞いて、俺の言い分は聞いてくれなかった。女たちは和姦だったのに強姦だと言って俺を陥れた。そのため、俺は過去2回刑務所に入らなければならなかった」
「俺はもともと嘘がつけない性格だった。それが人に裏切られ、何度も警察の取調べを受けたり、刑務所に入ったりしているうちにだんだんと嘘の言える人間になってきた」
「俺は肉親に裏切られ、女に裏切られ、社会に裏切られて絶望のどん底に突き落とされた。だから、俺は人間の血を捨てたんだ、冷血動物になることにした。冷血動物になって、社会に復讐してやろう。たくさんの人を殺してやろう。肉親や世の中に絶望した人間がどれだけ悪くなるか、世の中の人に見せてやろうと思った」

また、獄中の手記にて、次のようにも語っている。

何にを見ても、なにも感じない
何にを聞いても心の動揺も感じない
何にをしでかしても無味な答えすら返って来ない
何にを云われても他人ごとのように無感心でいる
ああ!私の心にはなにもない
おお!顔を歪めて笑う男が、ここに一人つくねんと座っているだけ…

獄中手記「訣別の章」より引用

高校生の娘を殺害されたD子さんの父親は、公判で大久保にとびかかろうという気持ちをなんとかおさえて「1日も早く大久保を死刑にして下さい」と言った。

しかし、大久保清事件を題材にしたテレビドラマ(大久保役にビートたけし)を観て、「大久保もかわいそうなやつだね」とぽつりと言ったという。

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