点灯後10分以内に280度を超える温度に達する白熱電球を設置も「発火することは考えられなかった」と無罪を主張
2016年11月6日、東京・明治神宮外苑のイベント会場で木製の展示物が焼けて5歳の男児が死亡した火災事故。
この事故で東京都港区の幼稚園児、佐伯健仁(けんと)君(5歳)が展示物の中心部分で、遺体となって見つかった。また、助けようとした父親ら2人が軽傷を負った。
火元となったジャングルジム形の展示物は、日本工業大学の学生らが作製。火災があった6日夕の当番は4人で、うち数人は初めてこの役割を担う学生であり、教員はいなかった。また、消火器で火を消そうとしたが、展示物付近にはなかったため、出火後すぐに消火活動を始めることができなかったという。
その後、警視庁は関係者への聴取などから、当時出展した学生と指導した教員の計3人が、白熱球の熱が木製の展示物に伝わって火災が発生する危険があったのに、適切な距離をとるなどの防火措置を怠ったと判断。イベント事務局の代表ら3人も、会場内の見回りや消火器設置などの安全管理を怠ったと結論づけ、業務上過失致死傷の疑いで送検を決定した。
事故の経緯と詳細
火災は2016年11月6日午後5時15分ごろ、東京都新宿区霞ケ丘町の神宮外苑であった「東京デザインウィーク2016」の会場で発生。
主催したのは東京デザインウィーク株式会社で、日本工業大学(埼玉県宮代町)の学生有志が出展した作品(木枠を組み合わせた高さ約2m70cmのジャングルジムのようなオブジェ)が燃えた。この作品は、木くずが飾り付けられ、内部で遊べるようになっていた。
展示物の中で白熱電球の投光器が点灯されており、この電球の熱で、アートとしてあしらわれていた木くずに火がついたとみられた。(後述の燃焼再現でこれが裏付けられた)
照明は元々、LED電球だけが作品の一部として設置されていたが、出火当時は白熱球を使った投光器が置かれていた。学生は「ライトアップを際立たせるためにその場のアイデアで置いた」「日が暮れたので明るくするために置いた」、教員は「指導監督をしていなかった」、主催者側は「作品の管理は学校側が行うべきだ」などと後に供述している。
出火後、火は多くの木くずが飾り付けられていた中心部分に燃え移り、わずか数秒間で全体に広がった。炎は高さ5~6メートルまで上がったという。燃えやすい木くずが火勢を強めた可能性が高く、それが避難や救助を妨げたとみられる。
父親と息子
父は火災当日、男児と2人でイベントに出かけた。展示品を順に見ていくなかで、たまたま問題のジャングルジムの前を通りかかった。他の子どもたちが遊んでいるのを見て、男児も遊び始めた。
しばらくして、近くにいた父の目の前で突然、炎が上がった。なんとか助け出そうと、ジャングルジムに登ろうとしたが、無理だった。
亡くなった東京都港区の幼稚園児、佐伯健仁君(5歳)は展示物の中心部分で発見された。入り組んだ骨組みの中心部分で遊んでいたとみられ、死因は焼死で、肺からは煙を吸った形跡が確認されなかったという。
出火直前、展示物では5~6人の子どもが遊んでいたが、健仁ちゃんだけが逃げ遅れた。消火器で火を消そうとしたが、展示物付近にはなかったため、出火後すぐに消火活動を始めることができなかったという。また、助けようとした父親ら2人が軽傷を負った。
展示物を制作した学生は「明るく見せるため、薄暗くなった午後4時半ごろ投光器を点灯した」と警視庁に説明したが、同庁は業務上過失致死傷の疑いもあるとみて捜査を継続した。
ちなみに、国土交通省などによると、アート作品などの一時的な展示物は建築基準法の対象にならず、安全基準も設けられていない。また、建築物を対象とする消防法令でも、今回のような展示物は対象にはならないということについて問題視された。
展示物の火災再現
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)が白熱電球付きの投光器と木くずを使った再現実験をしてみたところ、点灯から2分で発火した。NITEは「白熱灯はたくさんの熱を発する。近くに可燃物を置かないで」として声明を発表した。
明治神宮外苑の火事では、投光器の白熱電球の熱が原因でジャングルジム形の展示物を飾る木くずから燃え広がったとみられている。実験は450ワットの白熱電球のついた投光器を木くずで覆った状態で行った。点灯してから25秒で発煙し、125秒で発火。発火の際の温度は562度まで上昇していた。
またNITEの調べでは、2015年度までの5年間に白熱灯による火災が49件起きていたこともわかった。うち21件は洗濯物や布団が接触したり熱で過熱したりして着火しており、死者も出ていた。
展示物の問題と責任
出火当時、展示物を傍らで管理していた学生4人のうち数人は、立ち会いの経験がなかった。警視庁は、安全管理や設営の手順を知らない学生がいた可能性があるとみて捜査を行った。
火元となったジャングルジム形の展示物は、日本工業大学の学生らが作製した。捜査関係者によると、会場では複数の学生がローテーションを組み、展示物の設営や案内、作品で遊ぶ子どもたちの安全管理などを担当していたという。火災があった6日夕の当番は4人。うち数人は初めてこの役割を担う学生であり教員はいなかった。
その後の捜査で、火元とみられる投光器は火災の数日前から、展示物の中に置かれていたことがわかった。この投光器は夜間の作業用に会場に持ち込まれた。会場には備品の保管場所もあったが、投光器は火災の数日前から、展示物が来場者に開放されている時間帯は展示物の中に置かれていた。
火災があった日は、遊びに来た子どもたちの見守り役として、出品した日本工業大学の学生4人がいた。うち2人は初参加で、投光器を点灯させた学生は調べに「燃えるとは思わなかった。暗くなったので投光器をつけた。作品の中でつけたのはこの日が初めてだった」と供述した。
曖昧な安全基準
アートの曖昧な安全基準
アート作品など大半の一時的展示物は、建築基準法や消防法令の対象ではなく安全基準があいまいだ。今回の火災では、こうした安全管理の死角が浮き彫りになった。
都条例では屋台や火を使うイベントでは消火器を備えるよう定められているが、投光器は対象外。実際、消火器は近くになかった。また学生有志の出品のため、教員など実質的な現場責任者もいなかった。
主催者の東京デザインウィーク株式会社は鎮火後、すぐにイベントを中止にしなかった。当日夜、報道陣の取材に応じた同社幹部は「600点ある作品を詳しくチェックするのは困難。アート作品なので主催者側から色々注文をするのも難しい」と説明した。
火災を受けて東京消防庁は、イベントの安全を確保するため「照明器具が装飾品に接していないか」「充電部が露出、破損したものを使っていないか」など6項目のチェック表を初めて作成。各種イベントの主催者らに配布した。12月まで開催中の国際芸術祭「さいたまトリエンナーレ」を主催するさいたま市は火災を受け、屋内会場の電源などの安全点検を実施。屋外展示物の巡回頻度も高めた。
白熱電球で出火、5年で30件報告
出火原因とみられる白熱電球付きの投光器であるが、類似品を製作するメーカーによると、白熱電球は内部の金属線(フィラメント)を熱して光を出すため、表面が高温になる。今回の投光器の出力は500ワットとみられ、表面温度は点灯から数分で250~270度まで上昇する。現場にあった投光器のように上向きに固定されていると、水平状態よりも電球内に熱がこもり、さらに高温になるという。
東京理科大の大宮喜文教授(火災安全工学)は「白熱電球は電気ストーブに似た危険性があり、表面にものが接すると着火する可能性が高い」と指摘している。家電の事故を調査する製品評価技術基盤機構(東京都渋谷区)によると、事故前年となる2015年までの5年間で、白熱電球が原因の出火は計30件報告されていた。電気スタンドが倒れて発火したり、洗濯物が電灯に接触して燃えたりしたケースが確認されていたという。
起訴と裁判
大学側は火災直後に開いた記者会見で、照明は元々、LED電球だけが作品の一部として設置されていたが、出火当時は白熱球を使った投光器も作業用に持ち込まれ、点灯していたと説明していた。白熱球の熱について「危険性があるという指導は大学なりにしているという認識はある」と主張。
しかし、警視庁は関係者への聴取などから、当時出展した学生と指導した教員の計3人が、白熱球の熱が木製の展示物に伝わって火災が発生する危険があったのに、適切な距離をとるなどの防火措置を怠ったと判断。
イベント事務局の代表ら3人も、会場内の見回りや消火器設置などの安全管理を怠ったと結論づけ、2019年3月18日、展示物内に置かれて火元となった投光器の適切な管理や会場全体の安全管理を怠るなどしたとして、出展者の学生2人を重過失致死傷容疑で、指導教員とイベント主催者側ら4人を業務上過失致死傷の疑いで書類送検し、これを発表した。
捜査1課によると、6人は、作品を出展した日本工業大学の21歳の男子学生2人と男性教員(39)、イベントを主催した東京デザインウィーク株式会社の男性社長(70)、イベント事務局長の男性(56)、事務局員の女性(33)。
書類送検に際し、遺族は代理人弁護士を通じ、「事故から2年半が経とうとしています。本来であれば息子は小学生になり、進級に向けて心躍らせていると思うと、たまらなくさびしい気持ちになります。事故の原因究明に向けようやく一歩動き出したことは私たち家族にとっても大きな一歩だと感じています」とのコメントを出した。
不起訴処分
2019年8月1日、東京地検はオブジェを展示した日本工業大(埼玉県宮代町)の22歳と21歳の男子学生2人を重過失致死傷罪で在宅起訴した。しかし一方で、業務上過失致死傷容疑で書類送検された同大教員ら4人は不起訴処分とした。これについて大学側の弁護士は取材に答えず、イベント会社の弁護士は「誠意をもって対応していく」と回答した。
2020年4月30日、男児の両親らが、作品を出展した日本工業大学側とイベントの主催会社に計約1億2千万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。
遺族側は、学生らは木くずの近くに投光器を置き続ければ、高熱で発火する危険性を予見できたと指摘。投光器を点灯させないように指導する注意義務を怠った指導教員にも重大な過失があるほか、大学にも責任があると主張。さらに、イベント会社「東京デザインウィーク」は主催者として入場者の安全を確保する義務を怠ったと訴えた。
提訴について男児の父親は「展示物を管理し、学生を監督する立場の人が、誰も責任を問われず不起訴になったことに、私たち夫婦は到底納得できない。再発防止に向けた規制を考える機会もなくなってしまう」とコメント。責任があるのは学生だけではないと考え、大学側とイベント会社にも賠償を求めたが、応じてもらえず訴訟を起こしたという。
「発火することは考えられなかった」
2020年8月19日、重過失致死傷罪に問われた当時未成年の男性会社員(22)と男性大学院生(23)は、東京地裁(下津健司裁判長)で開かれた初公判で「発火することは考えられなかった」と述べ、無罪を主張した。
2人は当時、日本工業大の学生で、木枠を組み合わせたジャングルジムのようなオブジェをイベントに出展していた。
検察側は冒頭陳述で、オブジェ内の投光器は、点灯後10分以内に280度を超える温度に達する白熱電球が取り付けられていたと指摘。投光器を木くずの近くに設置すれば、木くずから発火して火災が起きることは予見できたと述べた。
対して弁護側は、投光器を使ったのは事故当日が初めてと主張。出火の危険を覚えるほどの熱量は感じず、「危険を感じなかったのは、やむを得ない」と反論した。
事件のその後
2016年11月8日、現場近くに置かれた献花台には多くの人が訪れ、健仁君の冥福を祈った。
「残念でなりません。安らかに眠って欲しい」と黄色いキクを手向けた千葉県四街道市の主婦八坂優希恵さん(30歳)は、ニュースを見て現場に足を運んだ。健仁君と同い年の長男がいるといい「子どもが好きそう。自分も長男に『遊んでおいで』と言ったと思う…」と声を詰まらせた。
杉並区から来た無職根本忠義さん(73歳)は、「運営側はきちんと作品の安全性をチェックしていたのか。責任を明らかにしてほしい」。都内の大学に通う男子学生(23歳)は、「今回のようなイベントにはよく行くのでショック。二度と起きないようにしてほしい」と話し、手を合わせた。
また、5歳の娘がいるという近くに住む女性は「いてもたってもいられなくなって来ました」と話した。
2016年12月17日、健仁君のお別れ会が都内で開かれ、友達ら約500人が冥福を祈った。
男児の両親は会終了後、弁護士を通じて次のようなコメントを出した。
「息子は明るく優しい子で、年長に進級するあこがれも抱いていた。今思い出すのは楽しそうな笑顔やうれしそうな声ばかりで、息子と共にみていたささやかな夢や未来が一瞬にして消えてしまい、ただただ深い暗闇の中にいる気持ちです」
息子の死が無駄になる
2020年4月の提訴後、父親は「謝罪の気持ちや再発防止に対する姿勢が伝わって来ず、息子の死が無駄になってしまう」とコメント。
男児は一人っ子で年下の子の世話には慣れていないはずだが、幼稚園の年中になってからは、泣いている子に「先生の所に一緒に行く?」と声をかけていたという。
「息子の成長をとてもうれしく感じていました」と父親。
妻とともに、火災によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)で通院を続けている。救助の際に負ったやけどの後遺症で、今でも手先にうまく力が入らない。朝起きてから眠りにつくまで、いつも息子のことを考えてしまうという。
父親は「楽しそうに笑っている顔ばかり思い出す日もあれば、どうしようもなく寂しさがこみあげてくることもある」という。また、「(火災で救助を試みた)その後のことを思い出すことは今でもつらい」「あのイベントに立ち寄らなければ」「作品の近くに行かなければ」と、火災から約3年半、繰り返し悔やみ続けてきたという。