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ケネス・ビアンキ&アンジェロ・ブオーノ

ケネス・ビアンキとアンジェロ・ブオーノの生い立ち

1970年代、ロサンゼルスにある小高い丘陵地帯に、若い女性の絞殺死体が相次いで発見された連続殺人事件は、「ヒルサイド・ストラングラー(ヒルサイドの絞殺魔)」と呼ばれた。この事件は、女性を見下す暴力的な男と、虚言癖の絶えない男が、コンビを組んだことで引き起こされた。

アンジェロ・ブオーノは1934年10月5日、ニューヨークで生まれた。幼い時に両親が離婚、母と共にロサンゼルスの貧民窟に移り住む。ブオーノは、貧しい暮らしに身を置く母を蔑んでいた。女性が途切れたことはなく、精力絶倫を周囲に自慢する男だった。1967年までに3人の女性の間に7人の子をもうけるが、父親としての自覚は皆無、パートナーに対しては暴力で支配した。

ケネス・ビアンキは1951年5月22日、アルコール依存症の娼婦のもとに生まれ、生後3ヶ月でブオーノの母の姉夫婦に引き取られた(戸籍上ビアンキとブオーノは従兄弟同士)。情緒不安定な子供で、5歳で失神発作(てんかんの一種)を、10歳で受動的攻撃性パーソナリティ障害と診断される。虚言癖や妄想癖、夜尿症も見られた。養母は精神科医が眉をひそめるほど息子を溺愛した。ビアンキの虚言癖は成長してからも続き、それが原因で結婚生活はわずか8ヶ月で破綻する。窃盗を繰り返していたビアンキは逮捕を恐れ、1977年、ニューヨークからブオーノのいるロサンゼルスに移り住んだ。

ヒルサイド・ストラングラー

41歳のブオーノと25歳のビアンキは、娼婦や家出少女を使って荒稼ぎしようと計画、娼婦から顧客リストを購入する。しかしそれが偽物であったことに気づいた2人は激昂、リストを届けた娼婦のヨランダ・ワシントン(19)をおびき出し、強姦した上首を絞めて殺害した。

暴力で女性を支配し、性的暴行を加え、殺害することにこの上ない快感を覚えた2人は、次々と女性を毒牙にかけていく。ターゲットを娼婦から好みの女性にまで範囲を広げた。被害者の中には12歳の少女もいた。

殺人を重ねるごとに残忍性が増し、拷問も加えるようになっていく。ある被害者の遺体には、大量の洗剤を注射された痕が残されていた。体内に電流を流されたため、一部が黒く焦げた遺体もあった。ビアンキとブルーノは、約4ヶ月の間に10人の女性を陵辱、惨殺した。

逮捕から判決まで

1979年1月、ビアンキは単独で起こした殺人事件をきっかけに逮捕された(ブルーノの逮捕は同年10月)。事件の解明を条件に、司法取引に応じたビアンキは、息を吐くように嘘をつき、多重人格者を装うなどして裁判を撹乱させた。裁判が結審したのは1983年で、2人にそれぞれ終身刑の判決が下った。

ブルーノは2002年9月に獄中死、ビアンキは、ワシントン州ワラワラ郡にある州立刑務所に服役している。

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